「海外展開の勝ち筋は、中小企業にある。」 ――喜多方ラーメン坂内・麺食 中原誠が語る、日本食グローバル化の現在地
福島・喜多方の老舗「坂内食堂」をルーツに、「喜多方ラーメン坂内」を国内外で展開する株式会社麺食。ロサンゼルスで見た日本品質のつけ麺の大行列、英語圏で日本食を世界に発信し続ける海外発のシェフたち――。
本家であるはずの日本人が海外で後手に回り続けてきた現実を間近で見てきた中原誠・代表取締役社長に、海外展開の勝ち筋と、料理人が世界に出る時代に持つべき覚悟を聞きました。
【プロフィール】中原 誠(なかはら まこと)株式会社麺食 代表取締役社長
大学卒業後、旧第一勧業銀行(現みずほ銀行)へ入行。退職後、ベンチャー・リンク、グローバルダイニングを経て、2005年に同社へ入社。2012年に父である明氏から引き継ぎ、代表取締役社長に就任。
「中原社長」から学ぶ、海外展開で勝つためのポイント
POINT
- チャンスは待ってくれない。意思決定の速い中小企業こそ、今の海外市場を取れる
- 「ラーメンを売る」のではなく、「お客さんが楽しめる場所」を設計する
- 憧れるのをやめる。日本の料理人は、世界と同じ舞台に立っていい
原動力にある「悔しさ」
──まずは、株式会社麺食について教えてください。
「喜多方ラーメン 坂内(ばんない)」をメインビジネスに据えています。日本で79店舗、海外ではアメリカで10店舗、ドイツで1店舗展開しています。ドイツでは買収させていただいたお寿司屋さん「いろは」、アメリカではカツカレーの店舗も運営しています。

──海外展開に踏み出した、最初のきっかけは何でしょうか。
国内の人口減少です。人口の数が減っていくのなら、ビジネスを維持するために長期的には日本以外で商売できる準備をしないといけない。これがきっかけでした。
ただ、決定打になったのは、13〜14年前のロサンゼルスです。視察で訪れたある店で、日本と同等と思えるクオリティのつけ麺屋が、現地で大行列を作っていました。
お客さんは日本人観光客ではなくアメリカ人。並んでまでつけ麺を食べたいアメリカ人がいた。そのとき「チャンスが来ている」と確信し、同時に「このチャンスは、ずっとは待ってくれないだろう」と感じました。
──海外展開を見据えてさまざまな国を見て回る中で、悔しい思いをされた経験もあるそうですね。
あります。たとえば、英語圏で日本のラーメン文化を世界に向けて発信し、セレブリティになっている海外のシェフたちがいます。
彼らは100万人を超えるフォロワーを抱え、英語で日本食を語り、現地のラーメン観をアップデートしました。一方、本家であるはずの日本人で、英語で発信していた人はほとんどいなかった。気づいたら、日本食を世界に伝える役割を、別の国の人たちに渡してしまいました。
スペインに視察に行けば、日本人がまったく経営に絡んでいない現地の「UDON」という店名のラーメンをメインに提供するアジアヌードルチェーンがが、70〜80店舗を広げていました。極めつけに、彼らは「UDON」の商標まで押さえている。日本の企業がスペインでうどん店をを出そうとしたら商標で負ける。こんなことが現実に起きていました。
──その悔しさが、行動の原動力になったと。
そうですね。悔しさが、私の原動力の半分くらいを占めています。残り半分は、「じゃあ自分たちで取り返しに行こう」という、純粋な事業欲です。

──現在の海外市場をどう見ていますか。
はっきり言えることは「チャンスはずっと待ってない」ということです。
かつて「海外の人、特にアメリカ人には日本の本物の味は分からない」と言われた時代がありました。ですが、今は違います。インバウンドで日本に来て、本物の味を体験して帰った海外のお客さんが、自国でも本物を求めるようになりました。味の重要性が上がり、いまはマーケティングの勝負まで来ています。
──だからこそ、中小企業に勝ち筋がある、と。
私はそう思っています。今なら、まだブルーオーシャンの街が残っている。地方都市、たとえばアメリカの内陸部には、まだラーメンブームが届ききっていないエリアがあります。そういう「時間差」のあるマーケットを見つけられるかどうか。これがこの2〜3年の勝負どころです。
この際、意思決定が速いというのは、中小企業の最大の武器だと思います。物件契約、人事、研究開発――。現場で見て、その場で決められる。意思決定が速い中小企業にこそ、いまの海外市場は取れる。 これこそ、私が一番お伝えしたいメッセージです。
ラーメンを売るんじゃない、「お客さんが楽しめる場所」を作る
──海外に出る飲食事業者が、押さえるべきポイントは何でしょうか。
私たちが大事にしているのは、現地のお客さんが、どんな時間を過ごしたいか、ということです。日本人の駐在員が多い街のデータだけを見ていても、店舗数は伸びません。
ラーメンを売る、ではなく、お客さんが楽しめる場所を作るという発想が重要です。 お腹をいっぱいにするんじゃなくて、心までいっぱいにしたい。これが、海外で多店舗化できる店と、できない店の違いだと思っています。

──「楽しめる場所」とは、具体的にどういうことでしょうか。
たとえば、アメリカの坂内は、客単価も滞在時間も日本とは違う設計にしています。日本では、ラーメンは早く食べて出ていく文化です。でもアメリカは違う。お客さんはゆっくり話しながら過ごします。だから店内の作り方も、サイドメニューの構成も、その過ごし方を前提に組み直しています。
ドイツの坂内も、アメリカの坂内とはまた違う設計です。たとえばランチにも予約したり、日本のようにひとりで来店される方もいらっしゃいます。対して、アメリカでは並ぶことに全く抵抗が無く、グループでの利用が圧倒的に多いです。
ドイツの和食レストラン「いろは」も含め、「本物の日本食を出す店」という看板は守りつつ、過ごし方の設計はその国に合わせる。これが、海外で勝つための鉄則です。
国単位ではなく、都市・エリア単位で「時間差」を読む
──市場選定はどのように判断していますか。
メディアでは「海外でラーメンブーム」とひと括りにされがちですが、例えば、タイ、ロンドン、ニューヨーク、アメリカの地方都市――。全部、ラーメンに対する温度感が違います。
アジアは数年前まで成長性を理由に出店先として人気でしたが、いまは現地の安いラーメンが続々出てきていて、価格でも競争が起きています。また、ニューヨーク、ロサンゼルスも競争が激化しています。逆に、アメリカの中規模都市・地方都市にはまだ余地があります。ロンドンの街中でも、地区によって全然違います。国単位ではなく、都市・エリア単位で「時間差」を見極める。これがマーケティング側の仕事です。
──味の再現については、どう取り組んでいますか。
これは大前提です。まずラーメン作りに重要な「水」が違いますし、現地ならではの制約は山ほどある。そこで本物の味をどう作るかは、研究開発の話になります。
ただ、面白いのは、先ほどお話ししたスペインの現地「UDON」チェーンのように、味噌ラーメンを頼んだら塩ラーメンが出てくるといった店でも、現地ではちゃんと流行っているという事実です。
これは私たちにとって、ある種の悔しい教訓でもあります。味だけで勝てる時代は、もう終わっている。「お客さんが楽しめる場所を作る」というブランディングが、味と同じ重さで効いてしまうんです。

だからこそ、本物の味を守りながら、場としての設計を絶対に手を抜かない。これがセットになって初めて、海外で多店舗化できます。
海外1号店は、想定外が標準装備
──実際の1号店は、どれほど予定通りに行くものでしょうか。
絶対に、予定通りにはいきません(笑)。これは、すべての海外1号店経験者がうなずく話だと思います。
たとえば、突然水道が詰まる。工事業者が約束の日に来ない。来ても、3割の作業しかしないで帰る。輸入していた食材が港で止まる。家賃契約の解釈が日本と全然違う。海外1号店は、想定外が標準装備です。
1号店は、最初から完璧な売上を狙う場所ではないと思っています。1号店で見えてきたものがあるから、2号店を別の街に出せる。2号店ができれば、3号店はオペレーションを反復できる。
1号店は、次の店を出すための学びを取りに行く店。そう割り切れるかどうかが、2号店までたどり着くコツだと考えます。
──その上で、一番必要なものは、何だと考えますか。
「折れない心」これに尽きます。折れない心がないと、海外展開はそもそも始まりません。資金は調達できる。物件も探せる。でも、何回ひっくり返されても立ち上がれる人がトップにいないと、1号店すら開きません。
「英語が話せない26歳」が、アメリカ進出のキーマンだった
──海外の人材はどう集め、どのように育てていますか。
私たちはFC(フランチャイズ)で広げる選択を、海外ではほとんど取りません。
理由は明確で、FCは短期利益が優先されやすく、理念がズレやすくなるからです。直営でノウハウを溜めて、そこに共感する仲間を呼ぶという順番で、ここ10年ほどやってきています。
──採用で重視している基準を教えてください。
語学やスキルより、マインドを重視しています。
アメリカ進出のキーマンは、英語が話せない26歳の男性社員でした。けれど、彼は味を完璧に再現できた。誰よりも坂内の味を理解していたからです。
もうひとりは会計士資格を持つ現地法人社長。この2人が、アメリカ事業のすべてを動かしました。「とんでもない優秀な人材」である必要はありません。「日本で店を1店オープンする時に持っているのと同じような熱量があるか」を見ます。

国籍も問いません。モンゴル人の社員がいま、シカゴで頑張ってくれています。国籍より理念。スキルよりマインド。これが、折れない海外チームを作る方法だと思っています。
──印象的な指摘を、海外で受けたことがあるそうですね。
例えば、お寿司の世界では「修行」と言われるように「卵焼きを焼くまでに何年、実際にカウンターで握れるようになるまで何年かかる」と言われてきましたが、アメリカで一緒に仕事をしている友人にズバッと言われました。「お前ら、日本人は教えるのが下手だな」と。
日本人は「100点取れるまで店を出しちゃダメだ」と思いがちです。でも、需要があるなら、80点で出して、現地で磨いた方が早い。「まずチャレンジさせない」これが日本人の悪い癖です。完璧主義は、海外展開ではむしろ毒になる。
「80点でいいんだ」と腹をくくれるかどうかが、勝負の分かれ目だと感じています。
日本は、料理界のブラジルだ
──海外を目指そうとする日本の料理人にメッセージをお願いします。
ひとつ伝えたいことがあります。日本は「料理界のブラジル」だと、私は思っています。
サッカーにおけるブラジルのような、料理の世界において天才的な作り手が異常にたくさんいる国、それが日本です。
そして、食の偏差値が世界一高い街は、間違いなく東京です。素材へのこだわり、火入れの繊細さ、出汁の概念、季節の感覚、どれを取っても、日本人の料理人の標準値は世界トップクラスです。
──それでも、若い料理人が世界に出ていかない現実があるように思います。
上の世代が閉鎖的で、若手にマウントを取ってしまう文化が一部に残っているからだと思います。
「俺の若い頃は」「お前なんかまだ早い」ーーー。これでは、せっかくの天才が外に出られない。世界で勝負する前に、業界の中で潰れてしまう。これは日本食産業全体にとっての損失です。
──若い料理人に向けて、コメントをおねがいします。
野球で活躍している大谷翔平選手が、こんなことを言っていました。「あこがれるのを、やめましょう」と。
日本は世界で一番難しいマーケットであり、食の天才がたくさんいます。「食」といえばパリやニューヨークやロンドンを思い浮かべる方もいると思いますが、日本、特に東京がメジャーリーグのような場所です。世界に出れば、ものすごく活躍できる人たちがたくさんいるんです。だから、特に若い人たちにはもっと自信をもって世界に挑戦してほしいです。

あこがれた瞬間に、自分が一段下に立ってしまう。世界の有名店と同じ舞台に、日本の料理人はもう立っていい。
チャンスはずっとは待ってくれない。お客さんが楽しめる場所を、自分の手で作る。折れない心で、1号店を立てる。あこがれるのを、やめて、自信をもって挑戦してほしい。これを伝えられたら、私は今日、話した意味があります。