「行動してからの悩みが、本当の悩み」社員食堂からドイツ・フランクフルトの副店長へ
新卒で入社した会社の社員食堂で、献立を作り、調理を担当し、提供レーンに立つ。管理栄養士の資格を持つ若手社員にとってはいわば王道のスタートだった。
それでも2年弱でその職場を離れ、単身ドイツへと渡る。フランクフルトの「Kitakata Ramen Bannai」で副店長を務めるシェフに、海外で働く前に感じていた不安、現場で見えた現実、そして不安との向き合い方を聞いた。
【シェフプロフィール】兼行 遥(かねゆき はるか)シェフ
神奈川県川崎市出身。大学の管理栄養学科を卒業後、2023年に大手フードサービス会社に入社し、管理栄養士として社員食堂の給食業務全般を担当。2025年2月、株式会社麺食に入社し渡独。Japanese Restaurant いろは、IROHA Japanese Deli の責任者を経て、現在は喜多方ラーメン坂内(Kitakata Ramen Bannai)フランクフルト店の副店長を務める。
「兼行シェフ」から学ぶ、海外で料理人として働くためのポイント
POINT
- 「不安がなくなってから行く」のではなく、行動してから出る悩みに向き合う
- 流暢な語学力よりも、業務で必要なフレーズを先に覚える
- 仕事で苦しい日は、職場のコミュニティと自分で育てた趣味の時間で受け止める
新卒の働き方に感じた、見えづらい存在意義
──現在の仕事内容を教えてください。
ドイツ・フランクフルトにある「Kitakata Ramen Bannai」で副店長をしています。社員は私を含めて日本人2名、アルバイトが15人ほど。日本人と現地スタッフがおよそ半々というチームです。
業務は現場仕事をメインに、シフト作成や発注管理も担当しています。11時半から14時半はキッチンでラーメンを作り、17時からはまたキッチンに入って22時まで。お店を回しながら、店長業務に必要なことを少しずつ学んでいる感覚です。
──渡独前は、日本でどんなお仕事をされていたのでしょうか。
新卒で大手フードサービス会社に入社し、銀行の社員食堂で管理栄養士として働いていました。献立作成から大量調理、発注、衛生管理、原価計算、接客まで、現場の業務はひと通り経験させていただきました。
ただ、働きながら、ずっと引っかかっていることがありました。仕事がほぼマニュアルで決まっていて、「私じゃなくてもできるのでは」と感じてしまう。日々頑張っていても、時間が経てば給料も役職も上がっていく。一見ありがたいことのはずですが、当時の私には存在意義が、どうしても見えなくなっていました。
そのうち、私を必要としてくれる場所はどこなんだろう、と考えるようになっていました。
誘いに即決。退社から3ヶ月後にはドイツへ
──ドイツに渡ることになった経緯を教えてください。
働き方に悩んでいたころ、父に紹介してもらったのが、今お世話になっている麺食の中原誠社長でした。父と中原社長は銀行職員時代の同僚でした。
前職の悩みを相談すると「海外に行く経験や、英語を学ぶことは、『若いうちにこそやっておけばよかった』と思うこと」とご自身の体験を伝えられました。ちょうど姉が1年間オーストラリアに行って帰ってきた時期で、ネイティブの方と楽しそうに話す姿を間近で見ていたので、その言葉がすっと入ってきました。

その後しばらく考える時間があり、ワーキングホリデーに行くつもりで貯金していたところ、2025年10月、中原社長から電話がありました。
「ドイツで日本食レストランを買い取って、大きくしていきたい。協力してほしい人として一番にあなたのことが思い浮かんだ」と。
その電話で、「行きます」と即答しました。次の日、当時の職場に「来月で辞めます」と伝えて、3か月後にはドイツにいました。
──不安はなかったですか。
正直、不安はたくさんありました。留学経験もない、英語の勉強もしてきませんでした。一人暮らし自体が初めてで、しかも海外で、職場も新しい。日本国内の転職ですら大きい変化なのに、それを全部一気に経験することになります。
それでも即答できたのは、「やりたいことが明確に決まっていない」からこそ、ワクワクする方に踏み出してみよう、と思えたからです。また、中原社長に「あなたのことが一番に思い浮かんだ」と言ってくださったのも、本当に大きくて。「私を必要としてくれる場所はどこだろう」という疑問に、ちゃんと答えをもらえた気がしました。
「英語が完璧になってから」では、行けなかった
──ドイツに着いて、想像と違ったことは何でしたか。
良い方向で想像と違ったのは、まず治安です。フランクフルトの中心地で働いているからかもしれませんが、夜の11時に仕事が終わって、電車で20分の家まで女性ひとりで帰ることができます。
食事も、日本食レストランで働いているので、毎日まかないで日本の味に触れられます。これは、海外生活のストレスをかなり下げてくれている要素だと思います。

──逆に、想像以上に難しかったことは。
孤独感ですね。日本だったら、休日に家族や友人と会えば気持ちを切り替えられる。でもここでは、時差もあるしリアルタイムで頼れない。仕事でつらいことがあった日に、一人で家で泣いていた時期もありました。
──その課題とは、どう付き合っていますか。
1年経って少し余裕が出てきてから、自分なりに付き合い方を模索するようになりました。ひとつは、職場の人間関係に救われていること。社長も上司も、私のプライベートも含めて理解してくれていて、仕事の場所がそのままコミュニティになっている感覚です。
もうひとつは、ヨーロッパ旅行を存分に楽しむことです。海外に拠点を置いているからこそ、日本にいた頃は夢のようだった国々へ気軽に足を運べています。
さまざまな国で違った景色や文化、食に触れる時間は、最高の非日常です。これは海外生活だからこそ味わえる醍醐味だと思うので、オフの日は旅行で思いっきり楽しむ。そうすることで、上手に気持ちのリフレッシュができています。

──英語の問題はどう乗り越えましたか。
来た当初は、つたない英語が恥ずかしくて、自分から話しかけられなかったんです。そこで、まずは業務に必要なフレーズや日本語のマニュアルを英語に直すところから始めました。接客もテンプレートでいいから英語で言えるようにして、少しずつ慣らしていった、という感じです。
完璧な英語じゃなくても、業務で必要なフレーズが言えれば、コミュニケーションは取れる。英語が完璧になってから行く、と決めていたら、たぶんいつまでも行けなかったと思います。
イチから立ち上げた小さなお店で、店長業務を学ぶ
──渡独後、「Japanese Restaurant いろは」でキッチンとホールを経験されたあと、「IROHA Japanese Deli」というテイクアウト小売店の責任者を任されています。
はい。「Deli」は、本当にゼロから立ち上げる形でした。何を作って売るかから考えないといけなくて、シフト作成だけではなく、人の育成、商品設計、SNS運用、看板のデザインまで全部関わりました。

最初は、立地の悪さもあり、売り上げも低迷していました。そんな中で目をつけたのが惣菜パンです。ドイツのパンはとても硬く、日本でいう「惣菜パン」のような柔らかいパンを使った商品があまりない。だったら、と思い、エビフライサンドを出してみたら、これが好評で。フルーツサンドやテリヤキサンドも出していったら、出した日のうちに完売することもありました。
──「Deli」での経験は、今の副店長業務に活きていますか。
すごく活きています。毎日施策を回したり、メニューやデザインを考えたり、SNSを動かしたりという経験がなかったら、副店長として任される範囲はもっと狭かったと思います。
──現在の副店長業務で、いちばん難しいと感じることは何ですか。
いろはのときは、各ポジションにリーダー的な社員がいて、頼れる人が周りにいました。しかし今のBannaiは、社員は店長と私の2人。店長がお店を離れるときは、私がアルバイトを束ねて店を回さなければなりません。「Deli」のときとはまた違うプレッシャーがあります。
ただ、自分一人で抱え込まないようにしています。店長に壁打ちさせてもらいながら、現場のパートさんや留学生の意見をちゃんと聞く。「みんなでお店を作っていきたい」というスタンスを、意識して発信しているつもりです。
まずは一週間でもいいから、海外に行ってみて
──海外で働くのに向いているのは、どんな人だと思いますか。
チャレンジが好きな人、探究心がある人だと思います。海外では毎日が新しいことの連続で、出会う人も毎日違う。変化を楽しめる人、慣れていない状況を面白がれる人は、海外向きだと思います。
──応募前に確認しておいた方がよいことはありますか。
私にとっては私生活の部分でした。たとえば、こちらは硬水なので、肌が敏感な人は荒れやすくなります。風邪を引いたときの薬も、現地のものは効きすぎてめまいが出たりするので、自分に合うものを日本から準備しておくと安心です。
仕事の中身ももちろん大事なんですが、こういう「現地で困ったときに、すぐに頼れないこと」を事前に想像しておくのは、応募前にやっておいて損はないと思います。
──海外に行きたくても、躊躇してしまう人が多くいます。そういう人に、一言伝えるなら何ですか。
今考えている悩みは、行動してみないと答えが出ないものがほとんどだと思います。行く前の自分が想像していた悩みは、行ってみたら、ぜんぜん違う形になります。
だから「行動してからの悩みが、本当の悩み」だと思っていて。まずは一週間でもいいから、海外に行ってみてほしい。日本にいるだけだと、見えないままです。
ドイツでの経験を糧に、スペインを目指す
──今後のキャリアプランを教えてください。
会社の展望として、ドイツを皮切りに、スペインに進出する計画があります。私自身、一度プライベートでスペインに行く機会があって、現地の食文化のあり方に強く惹かれた経験がありました。料理がおいしいのはもちろんですが、食事そのものを大事にする空気が街全体にあって、「ここで仕事ができたら、また違うものが見えるかもしれない」と素直に思ったんです。

いまフランクフルトのBannaiで副店長をやらせてもらっているのは、自分にとって、すごく意味のある時間です。店を任せられる立場としての覚悟を、ここで初めて学んでいる最中。マネジメントをひと通り身につけて、店を担える手応えが出てきたタイミングで、次の挑戦に進めたら、と思っています。
──最後に、いま海外勤務を検討している飲食人材へ、メッセージをお願いします。
私は、海外に来て本当によかったと心から思っています。ここに来たからこそ出会えた景色があり、挑戦させてもらえる仕事がたくさんあるからです。
「言葉が話せるようになったら」「不安が消えたら」と考えていては、きっといつまでも一歩は踏み出せません。あなたが輝ける場所、心地よく生きられる場所は、決して日本だけではないはずです。誰にでも無限の可能性があります。人生はいつだって、”まだここから”です。
だからまずは、世界へ飛び出してみてください。悩みは、行動してからのほうが、ずっと本物です。