幅広い現場を経験したからこそ見えた、自分だけのキャリア
ホテルキッチン、レストラン、もつ鍋店、産院、そしてワインバー──。大阪を拠点に30年以上、多彩な現場でキャリアを積み重ねてきた山口清彦シェフ。フランス料理「ル・クロ」グループで12年腰を据え、現在は京橋「Wine Bar base」料理長として、ソムリエ資格の取得にも挑戦中だ。多彩な現場を渡り歩いてきた山口シェフに、キャリア設計の考え方を聞いた。
【シェフプロフィール】山口 清彦 シェフ
大阪府堺市出身。辻調理師専門学校で学び、大阪のホテル、フランス料理店、居酒屋の立ち上げ、産院での特別食調理と多彩な現場を経験。フランス料理「ル・クロ」グループにて現場料理長として12年在籍。現在は京橋「Wine Bar base」料理長。第1回「CL-1グランプリ」第3位。
山口シェフの「働くスタイル」
POINT
- キャリアの幅を持つことが次の一手の選択肢を広げる
- 経営視点を求めて選んだ12年が、次のキャリアの土台になる
- コミュニケーションと経営視点こそキャリアの寿命を伸ばす
きっかけはレストランでのアルバイト
── 山口シェフが料理人を志したきっかけを教えてください。
高校時代に、大手ファミリーレストランのキッチンでアルバイトを始めたのがきっかけです。頑固な料理長がいらっしゃって、最初は本当に厳しく指導されました。
ただ、逆にその方に認められたいという気持ちが芽生えて、そこから頑張り出しました。指導に応えたい一心で続けていたら、卒業する頃には「うちに入らないか、面倒見てやる」と、直接お声がけいただくまでになっていました。

ただその頃は、「もっとプロの業界でやりたい」と思うようになっていました。当時は、西洋料理といえばフランス料理を指す時代で、私も迷いなくその道を選びました。辻フランス料理専門カレッジ(現、エコール辻)がちょうど立ち上がった時期で、僕はその1期生になります。
その後、辻調理師専門学校フランス校へ留学も経験しました。半年は学校で授業を受け、フランスでしか手に入らない食材をふんだんに使えて。後半半年はスタジエール(実修生)として現場に入って学びました。その時にはもう、「自分の人生はフランス料理でいく」と、迷いはなくなっていました。
ホテル、名門フレンチ──”合う現場”を探した20代
── 帰国後のキャリアを教えてください。
大阪の大手ホテルグループがホテルを新設するということで、そのオープニングに入りました。入社して1年半は本社で研修があり、4つの調理場を回りました。この期間に多くの方の下で働けたことは、今の自分の武器になっています。
ただ、オープンして3〜4年目くらいで「この後、自分はどうなるんだろう」と考える時期がきて。次に、大阪の有名なフランス料理のお店に移らせていただきました。そこは非常に技術の高い現場でしたが、労働条件が自分に合わず、短期間で離れることになりました。その後は、数件のホテルのキッチンを経験しました。
一度自分に合わないと感じた場所からは早く動く、その判断も含めてキャリアだと今は思います。合う環境を見極めることも、料理人のキャリアを歩むうえでは大事な力だと感じています。
31歳、居酒屋の立ち上げ。そして再びフランス料理へ
── その後、まったく違う業態に進まれたそうですね。
はい。ホテル時代に引き抜きのお話をいただきました。当時はもつ鍋が流行っていた頃で、「投資するから、店をやらないか」というお話でした。当時31歳。当時は野望しかなくて、守口でお店をスタートすることになりました。
── それから、フランス料理に戻る決断をした理由を教えてください。
お店の周りには外国人の方がたくさん住む地域で、アルバイトも外国人の方を雇っていたんです。彼らが「日本にはすごい可能性がある国だ」と夢を語ってくれるんですね。それを聞いた時に、フランス料理の道を進むことに決めた20年前の自分の姿がフィードバックされてきて、「自分も昔、そんなことを言っていたな」と気づいたんです。

やはりフランス料理に戻らなければいけない、と。それで「とりあえずアルバイトからでも始めよう」と、フランス料理の世界に戻りました。
ル・クロに”飛び込み”。経営視点を求めて選んだ、次の12年
── ル・クロとの出会いを教えてください。
飛び込みです。どうせフランス料理に戻るなら、多店舗経営をしっかり手がけている会社に行きたかった。技術だけではなく、経営視点も身につけたかったんです。
ちょうどその頃、独立への思いも自分の中にあったので、いずれ自分が店を持つ時のために、多店舗運営の実際を内側から学べる場所を選びました。
面接の時は、系列の全店舗を食べてから伺いました。それがオーナーに響いたようで、「そんな料理人は初めてだ」と言っていただき、採用に繋がりました。
── ル・クロには12年在籍されました。何を学んだのか教えてください。
一番大きかったのは、「お客様の喜びは、スタッフの喜びである」という企業理念が、組織のすべてに浸透している会社だったことです。
料理が美味しいのは当たり前で、現場の雰囲気も含めて上に立つ人の力。店の売り上げを始め雰囲気が悪いと、「それはお前の力次第だぞ」と言われる文化でした。料理さえうまければなんとかやっていけると思っていた自分の力不足を痛感し続けた12年だったと思います。
産院での特別食が広げてくれた、料理人としての幅
── ル・クロを出てからのキャリアを教えてください。
結婚を機に働き方を見直そうと考えて、ル・クロを退社しました。
コロナの時期には、産婦人科での調理も経験しました。
そこでは、フランス料理はもちろん、和食も洋食も、自分の専門外の分野まで手がける必要がありました。
フランス料理の世界に20年以上いた私にとって、和洋を横断して献立を組み立てる経験は非常に貴重で、一人で幅広い料理を仕上げていく力が、この時期に確実に育ったと感じています。歳を重ねてからでも、新しい引き出しは増やせる──それを実感できた時間でした。
── そこから現在の「Wine Bar base」へ移られた経緯は。
Wine Bar baseのオーナーとは、ル・クロで私が働いていた時代の「ワイン会」で出会いました。ル・クロ・ド・マリアージュという、私が8年間料理長を務めていた会場で、時々ワイン会を開催していただいていて。著名なソムリエの方々が集まる場で、「ソムリエとはこういう仕事をするのか」と、深く知る場面がありました。

その時、料理とワインを一体で提供することの可能性を薄々感じていたんです。オーナーとはFacebookで繋がっている程度のお付き合いだったのですが、募集を出しているのを見つけて応募しました。今、4年目に突入したところです。
ソムリエ挑戦の先に、いつか持つ”自分の店”を見据えて
── ソムリエ資格に挑戦されているとうかがいました。
自分の店を持ちたいという気持ちは、今も持ち続けています。ワインを中心とした料理が美味しいお店、ソムリエと料理人がバランスよく活躍出来るお店、そして多店舗経営を目標としています。ワイン1杯と一皿から楽しんでいただける、ワインだけのお客様も気軽に受け入れられる。そういう自由度の高い店にしたいです。
その時に、ソムリエという資格を持って働かせていただいた方が、シンプルに有利だと考えました。感覚だけではなく、資格という形で裏打ちがあるほうが、お客様への説明にも説得力が出ます。
CL-1グランプリ:料理人と交流できることが財産に
── CL-1グランプリに出場された動機を教えてください。
キャリアの幅はあると自覚していますので、現場力が活かせるコンテストは自分向きだと思いました。

また、今の自分がどのくらいの位置にいるのか、確かめたかったというのも大きな理由でした。
── 結果は第3位。手応えをどう感じましたか。
準決勝で負けてしまったことは残念ですが、ミスも時間内で修正するかどうかも含めての競技だったと感じていますので納得しています。
一方で、自分のベースとなる技術がきちんと使い物になるんだと確認できたのは、大きな収穫です。当日はいろんな料理人の方々ともお話しさせていただいて、非常に勉強になりました。
次回も挑戦したいと思っています。出ようか迷っている方には、考えずに出たほうがいい、と伝えたいです。結果よりも、その日いろんな料理人と交流できる時間そのものが、キャリアの財産になりますから。
「調理技術があれば生きていける」は、幻想
── 最後に、キャリアに悩む後進の料理人へメッセージをお願いします。
やれることは、全部やったほうがいいと思います。「ここで学べることがあるな」と感じたら、そこへ飛び込む。その貪欲さを、僕自身もずっと持ち続けてきました。

若い頃、私は「調理技術さえあれば、この世界は生きていける」と信じていました。ところが、そんなわけはなかった。技術と同じくらい、お客様やスタッフとのコミュニケーション、経営の視点、そういうものが料理人としての寿命を決める。それに気づいてからのキャリアが、本当の意味での自分の武器になりました。
留まるか、動くかで悩む人は多いと思います。私自身、12年動かなかった時期もあれば、短期間で離れた現場もあり、一度離れた世界に戻る選択もしました。大事なのは、その時々の自分に「ここで学べるものはあるか」を問い続けること。それだけだと思います。
<Wine Bar base 店舗情報>
- OPEN 18:00〜
- 火曜定休
- 大阪市都島区方町2-6-2
- 06-6881-1134