伊東良馬シェフ
独立を目指す

「『今度やろう』では遅い」大森で日本酒を軸に店を開いた料理人が語る、独立に必要な“フットワークの軽さ”

銀座と日本橋の日本料理店で約8年、その後、日本酒を学ぶため都内の銘酒居酒屋で7年研鑽を積んだ伊東良馬さんは、2021年、大森で完全予約制の日本料理店「良理」を開業した。自己資金は約1割、初期費用約1,000万円弱の大半を融資でまかないながらも、「日本料理×日本酒×器」を軸に据える。

独立を志す料理人に向け、何を強みにするかを定めること、そして好機に迷わず動くことの大切さを語ってもらった。

シェフプロフィール】 伊東 良馬 シェフ
東京都港区出身。調理師学校を卒業後、日本橋の割烹料理店や銀座の京料理店、日本料理店などで修業を重ね、技術だけでなく、料理人としての姿勢、接客、店全体を回す感覚を身につけた。2021年、大森で日本料理店「良理」を開業し、日本酒と器を含めた体験設計を強みに、一人で店を切り盛りする。

<店舗情報>

  • 良理
  • 完全予約制
  • 東京都大田区大森西1-9-28 第三丸久コーポ 1F
  • 070-8903-4735

この記事のポイント

POINT

  • 初期費用は1,000万円弱。自己資金は約1割、残りは融資で組み立て
  • 「日本料理×日本酒×器」に絞り込むことで、差別化と店の世界観が立ち上がる
  • 「今度やろう」では機を逃す。独立を支えるのは、迷わず動ける身軽さ

「あれもこれも」ではなく、自分が責任を持って語れるものに絞る

──料理の道へ進み、ご自身の店を持つに至った経緯を教えてください。

実家は三代続く寿司店で、母は栄養士をしており、幼い頃から料理の本や食材、プロの仕事がとても身近にありました。

ただ、寿司職人になろうと思っていたわけではなくて、自分で食材を揃え、調理し、組み立て、最後にお客さまへ届けるまでの料理の流れそのものに惹かれ、料理の道に進むことを目指しました。

調理師学校を出た後は日本橋の割烹料理店や銀座の京料理店などで修業し、包丁仕事や仕込みだけでなく、料理人としてどう厨房に立つべきか、どう店を回すか、どうお客さまに向き合うかを学びました。そうした経験を通して、料理を作る技術だけでは自分の店は成立しないとわかったことが、独立を現実の目標として捉える大きな転機になりました。

──「日本料理×日本酒×器」という明確な軸は、どのように生まれたのでしょうか。

高価格帯のお店で働くなかで、どこも似たような日本酒の銘柄が並んでいることに気づき、少し違和感を覚えたことがきっかけです。
もちろん有名な銘柄には力がありますが、それだけでは日本酒の面白さは伝わりません。

世の中には、まだ広く知られていなくても本当においしい酒がたくさんありますし、それを料理と一緒にきちんと届けたいと思いました。また、日本料理は味だけでは完結しません。器の質感や重さ、余白の取り方まで含めて体験だと思っています。

その上で、「あれもこれも力を入れる」のではなく、自分が責任を持って語れるものに、コンセプトを絞りたかった。その結果、「日本料理と日本酒、そして器」という一点突破で店の世界観をつくるべきだと考えるようになりました。

店内には、伊東シェフが開店前から収集した日本酒や器が並ぶ

長年積み上げてきた「準備の厚み」が開業時の「信頼」に

──開業にあたり、資金面はどのように準備しましたか。

自己資金として用意できたのは全体の1割程度でした。初期費用は1,000万円弱かかったのですが、残りの8〜9割は金融機関からの融資でまかなっています。

少し足りなかった分は先輩に無利子で貸していただき、1年ほどで返済しました。数字だけを見ると決して余裕がある開業ではないのですが、融資の審査では手元の現金だけでなく、「それまで何を準備してきたか」も見られます。

私の場合は、修業時代から少しずつ買い集めてきた器や酒器、日本酒の在庫、そしてどういう店をやりたいかという考えの積み上げがありました。言い換えれば、お金だけを必要なときに急いで集めたわけではなく、店の中身になるものを長く準備してきたと言えます。

その蓄積があったからこそ、自己資金が多くなくても独立の説得力を持たせることができたのだと思います。

──物件選びで、大森エリアを選んだ理由を教えてください。

飲食店専門の物件サイトを見ながら探すのはもちろんですが、最終的には自分の足で歩いて確かめることを大事にしました。

大森や蒲田のエリアは、高価格帯の和食店が比較的少ないと感じていて、だからこそ勝負する余地があると見ていました。生活圏との接点もありましたし、毎日店に立ち続けることを考えると、自分にとって無理のない場所であることも大事でした。

今の物件は、近所で和の内装に強いベテランの施工業者さんと出会えたことも大きかったです。物件だけで決めるのではなく、誰と一緒につくるかまで含めて判断した結果でした。

コロナ禍の2021年に開業しましたが、初期から忙しくさせていただきました。

完全予約制は、お客さま一人ひとりに合わせるための仕組み

── 一人で営業されるなかで、完全予約制を選んだ理由を教えてください。

仕込みから営業、接客まですべてを一人で担うため、無駄なく効率的に動ける必要があると考え、完全予約制にしています。

見込みだけで大量に仕込むよりも、予約に合わせて必要なものを整えるほうが、食材にも仕事の流れにも無理がありません。

また、予約制にすることで、その日来てくださるお客さまに合わせて献立や時間の組み方を調整できるので、結果として一人ひとりに深く対応しやすくなります。

私にとっての完全予約制は、制約というより、店の質を保つための営業設計だと考えています。

──具体的には、どのような柔軟さがありますか。

たとえば、お昼しか外食できないご高齢のお客さまや、小さなお子さんがいるご夫婦、あるいは仕事帰りの遅い時間にいらっしゃる常連の方など、事前にお話を伺っていればそれぞれの生活スタイルに合わせてお店を開けることができます。

決まった営業時間に全員を当てはめるのではなく、お客さまの事情に合わせて受け皿をつくれるのが、このやり方の強みです。

完全予約制と聞くと閉じた印象を持たれがちですが、実際にはその逆で、むしろ柔軟さを確保するための仕組みになっています。

無理に席を埋めるより、来てくださる方との時間を丁寧につくる。その積み重ねが、再来店につながっていると感じます。

「今度やろう」では遅い。動ける人にしか、良い物件も人も残らない

──これから独立・開業を目指す料理人へ、アドバイスをおねがいします。

「フットワークの軽さ」を何より大切にしてほしいです。良い物件が出たとき、良い業者さんと出会えたとき、あるいは誰かから有益な情報をもらったときに、すぐに動けるかどうかで結果は大きく変わります。

「今度やろう」「もう少しお金ができたらやろう」と考えているうちに、条件のいい物件は埋まってしまいますし、頼れる人との縁も遠のいてしまいます。もちろん資金や技術の準備は必要ですが、準備だけして動かない人はなかなか形になりません。

独立は、完璧な準備が整った瞬間に始まるものではなく、ある程度の不確実さを抱えたままでも、一歩目を踏み出せるかどうかにかかっている。私はそう感じています。

──今後の「良理」のビジョンを教えてください。

日本酒の面白さや奥深さを、さらに多くの方に広げていきたいです。単に酒の種類を増やすということではなく、日本料理店だからこそできる伝え方で、日本酒の魅力をきちんと感じてもらえる場所であり続けたいと思っています。

また、最近では近隣のAirbnbや民泊施設に当店の案内資料を置かせていただき、海外からのお客さまに向けた導線づくりにも取り組み始めました。

羽田空港に近いエリアだからこそ、日本に来た方に和食と日本酒の面白さを届ける余地があると感じています。自分の軸をぶらさず、その一方で新しい接点には素早く動く。その両方を続けながら、店を少しずつ育てていきたいです。

執筆 Dining Trends編集部

料理人の毎日に効く知識と、次の一歩を後押しするコンテンツを届ける編集チームです。調理道具のリアルなレビュー、厨房で役立つ技術や用語、海外挑戦や独立のヒントまで、現場目線でわかりやすく執筆。プロにも料理好きにもわかりやすい記事づくりを大切にしています。

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