シェフが農家になった理由。精養軒出身のフレンチシェフが描く自分らしい働き方
千葉の水田で特産ブランド米などを育てながら、CHEFLINKのスポットシェフとして数々の厨房に立つ。上野・精養軒出身の伊藤輝シェフが目指すのは、食だけに止まらない「トータルのもてなし」の場を提供することだ。
【シェフプロフィール】伊藤 輝シェフ
千葉県八千代市出身。都内の老舗フランス料理 精養軒にて修行後、イタリアンやビストロ、催事場などを経験。インソムニアなどで鉄板焼きにも従事。都内のbistro SHIN、feile’s loungeで料理長として従事しその後フリーランスとして独立。現在は農家×料理人として活動しており、ケータリングやイベント出店に注力。
伊藤シェフのスタイル
POINT
- 📅 週5日はCHEFLINK・出張シェフとして都内各店舗の厨房に立つ
- 🌾 週末は千葉・睦沢町の農地で米・野菜農家として農作業
- 💴 収入内訳:CHEFLINK案件 約5割 / 出張シェフ 約5割(農業収入は全額設備投資へ)
- 🎯 今後のビジョン:自家農地を活かしたオーベルジュ開業・農業と料理人を繋ぐコミュニティを作ること
CHEFLINKの価値は「経験」
——現在の働き方を具体的に教えてください。
CHEFLINKの公式シェフや出張シェフとして、さまざまな厨房に立っています。平日5日はCHEFLINKなどで厨房に立ち、そのほかは田畑にいる生活です。米のほか、トルコ原産オリーブやエディブルフラワー、ハーブなども育てており、個人的に開くイベント等で販売しています。私は神奈川に住んでいるので、農作業の前日は千葉の実家に戻り、翌朝から父と田畑に出かけます。
——CHEFLINKに登録したきっかけを教えてください。
たまたま、妻がパートで働いているカフェにCHEFLINKの公式シェフが来たことがきっかけです。妻から「プロの料理人が所属する組織がある」と教えられ、登録しました。

——CHEFLINKを使ってみて、一番の価値は何でしたか。
一番の価値は『経験』です。いろんな店舗のキッチン、動線、設備を見られるのは独立準備に直結します。自分がゆくゆくオーベルジュを開くなら、どんな厨房設計が最適か——。その答えを、働きながら探せる環境がCHEFLINKにあります。
——特に印象に残っているCHEFLINKの経験はありますか。
農家さんと直接繋がりのある店舗にスポットシェフとして入ったときのことです。食材へのこだわりや生産者との関係性を間近で見て、農業へのモチベーションも上がりましたし、そこのシェフとは今でも連絡を取り合っています。CHEFLINKは厨房の仕事だけでなく、自分と同じ志を持つ人との出会いの場でもありました。
CHEFLINK5割・出張シェフ5割、農業収入は設備投資へ
——農業とシェフで、収入面ではどのような割合でしょうか。
収入の内訳は、CHEFLINKの案件と出張シェフがそれぞれ約5割ずつです。農業で入ってくるお金は、そのまま設備投資に回しています。農業はまだ「育てている段階」で、生活の柱はあくまでシェフとしての仕事。ただ、そのバランスが取れるのも、この働き方だからこそだと思っています。
——時間の配分はどのように管理していますか。
平日はCHEFLINKや出張シェフの仕事を入れ、農作業がある日の前日は千葉の実家に泊まります。農地は実家から車で1時間半ほどの睦沢町にあるので、朝から父と向かいます。フリーランスだからこそ、自分でスケジュールを組める。それがこの働き方を可能にしています。
——フリーランスに転身するとき、不安はなかったですか。
正直、なかったと言えば嘘になります。ただ、両親が自営業だったので「自分で稼ぐ」という感覚が元々身近にありました。「料理さえ作れればどこでも生きていける」という、根拠は薄いけど確固たる自信がありました。
農家になったからこそ見えた「景色」
——農業を始めて、料理人としての視点は変わりましたか。
料理人として厨房で食材を受け取っていたときには見えなかった景色が見えるようになりました。お米一粒を作るのにどれだけの手間がかかっているか。雑草の管理、虫の駆除、水の調整・・・厨房にいるだけでは絶対に得られない感覚です。

——育てている「粒すけ」という品種は、料理人から見てどんなお米ですか。
千葉県が開発したブランド米で、粒がしっかり立ち、おかずの味を邪魔しない。飲食店やプロの現場向きのお米です。私には飲食店の知り合いや食にこだわるお客さんとの繋がりがあるので、農協を通さず「僕が作ったプロ向きのお米です」と直接届けられる。これが料理人×農家の最大のシナジーだと感じています。
——自分で育てたものを食べたとき、どう感じましたか。
これまでの人生で食べたどのお米よりも美味しく感じました。味覚だけの話ではなく、その背景にあるストーリーや苦労を知っているから。この感動が、料理人として素材と向き合う姿勢を変えました。

料理人の原点になった「おいしい」
——料理の道に進んだきっかけを教えてください。
両親が自営業で共働きだったため、子どもの頃から家族の料理を当番で作っていました。私が作った料理を家族が「おいしい」と喜んでくれたのがうれしくて、「より多くの人に自分の料理で喜んでもらいたい」と料理の道に進みました。
——調理師学校ではなく、現場就職を選んだ理由は。
「お金を払って学ぶよりも、お金をもらって現場で学ぶ方が得だろう」という考えで、上野・精養軒に就職しました。そこで5年間、料理技術と人間関係の作り方を叩き込まれました。コミュニケーションの基本は、今のフリーランスの仕事でも大きな武器になっています。

——その後、さまざまな厨房で経験を積むことになります。
精養軒を辞めたのは「料理を楽しむお客さんの反応が見たい」という気持ちからでした。街場のビストロ、鉄板焼き、イタリアンなどを経験して分かったのは、「全ての料理はつながっている」ということ。ジャンルにこだわるより、目の前の食材をどう活かすかという本質は同じです。今は『料理人です』と言う方がしっくりきます。
「オーベルジュ」という夢の現在地
——将来のビジョンを教えてください。
農地がある千葉・睦沢町でオーベルジュを開くことです。自分で作った粒すけも、育てているハーブも野菜も、そのままお皿に乗せる。畑から食卓まで全部自分でつながったレストラン。そのために今、CHEFLINKでいろんなキッチンを見て経験を積んでいるといっても過言ではありません。
——なぜ「レストラン」ではなく「オーベルジュ」なのですか。
私の考える「おもてなし」は、食だけに止まりません。「食」も「住」もトータルでおもてなしができるのがオーベルジュです。千葉の自然の中で、その「場所ごと」味わってほしい。レストランだと食事の2〜3時間で終わってしまいますが、オーベルジュならもっと深くお客さんと関われます。
——今の達成度を教えてください。
オーベルジュ開業を「10」とすると、まだ「3」くらいの感覚です。ただ、オーベルジュで出したい料理は決まっている。まずは農地をしっかり管理して拡大し、生産体制を整えて、自分で育てたお米や野菜が全てそろう場所にしてから開業する。そのタイムラインを描いています。CHEFLINKはその道筋の中で、欠かせないピースのひとつです。