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飲食店のパワハラ対策
更新日:2026/6/24

【社労士監修】飲食店のパワハラ事例と防止対策|厨房・ホールで起きるNG指導と義務化された措置を解説

飲食店のパワハラは、もはや「昔ながらの厳しい指導」では済まされない経営リスクです。

宿泊・飲食サービス業の離職率は25.1%と全産業トップ(厚労省『令和6年 雇用動向調査』)。人が辞め続ける現場の裏には、業務指導とパワハラの線引きを誤った”善意の叱責”が潜んでいることも少なくありません。

この記事では、特定社会保険労務士監修のもと、飲食店で起きやすいパワハラの事例、適正指導との境界線、義務化された防止措置10項目までを実務目線で解説します。

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監修者プロフィール

下村 静穂(しもむら しずほ)/ 特定社会保険労務士・ア・ルース消生労事務所

上場企業での実務経験に加え、労働局での指導員業務、経済産業局での専門調査など、公的機関における豊富なキャリアを持つ労働法務のスペシャリスト。

<サマリー比較表>適正な業務指導 vs パワハラ ― ひと目でわかる境界線

観点適正な業務指導(OK)パワハラ(NG)
対象ミス・行動という「事実」人格・存在そのもの
言葉「次回は◯◯の順序で確認してほしい」「アホ」「使えねえな」「給料泥棒」
場所個室・1on1(安全配慮あれば現場でも可)他のスタッフの前で見せしめ
時間必要十分な時間で簡潔に1時間超の長時間叱責、反復継続
目的改善行動の促進・再発防止感情の発散・優位性の誇示
記録指導内容を記録に残す記録なし/密室で証拠隠し

飲食店でパワハラ対策が経営課題になっている理由 ― 離職率25.1%という現実

厚生労働省『令和6年 雇用動向調査』によると、宿泊・飲食サービス業の離職率は25.1%。全産業平均の14.2%を大きく上回り、全業種トップという厳しい数字です。4人雇って1人辞めるペースが、業界の標準値になっているということです。

この高い離職率は、現場に三重のダメージを与えます。第一に、人が辞めるたびに発生する採用コスト。

求人媒体費・面接時間・教育期間の人件費を合算すれば、1名あたり数十万円〜百万円の損失が発生するといわれます。

第二に、技術継承の不安定化。仕込みやサービスのノウハウが定着する前に人が抜けてしまえば、店全体のクオリティが下がります。第三に、残されたスタッフへの負荷集中。これが新たな離職を呼び、悪循環が止まらなくなります。

そして見落とせないのが、法的環境の変化です。パワハラ防止法(労働施策総合推進法)は、大企業で2020年6月1日から、中小企業でも2022年4月1日から義務化されています。「うちは個人店だから関係ない」「小さい飲食店には適用されない」という認識は、もはや通用しません。

POINT:パワハラ防止は、もはや福利厚生でも理想論でもなく、離職コストを直接削減する「経営施策」。中小の飲食店にも例外なく義務化済みです。

パワハラとは何か ― 労働施策総合推進法が定める3要件と6類型

パワハラと認定される3つの要件

労働施策総合推進法上、職場におけるパワーハラスメントとは、次の3つの要素をすべて満たすものと定義されています。

  1. 優越的な関係を背景とした言動であること
  2. 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであること
  3. 労働者の就業環境が害されるものであること

「優越的な関係」は上司から部下に限らず、先輩・後輩、技術指導者・新人、ベテラン・若手など、飲食現場の様々な人間関係で生じ得ます。年齢が下でも、業務知識で優位に立つ者からの言動は対象になり得る点に注意が必要です。

厚労省が示すパワハラの6類型

厚生労働省は、パワハラを次の6類型に整理しています。飲食現場での想定シーンと合わせて押さえておきましょう。

類型内容飲食現場での想定シーン
身体的攻撃暴行・傷害厨房で鍋やお玉を投げつける、肩を突く、蹴る
精神的攻撃侮辱・暴言ホールで他スタッフの前で「帰れ」と怒鳴る、人格否定を反復する
人間関係からの切り離し隔離・無視特定スタッフだけシフトLINEや業務連絡から外す
過大な要求不可能な業務一人だけ膨大な仕込み量を恒常的に割り当てる
過小な要求嫌がらせの雑務経験ある料理人に延々と掃除のみを命じる
個の侵害プライバシー侵害性的指向や交際相手を本人の同意なく他者に暴露する

飲食現場で起きるパワハラの典型例 ― 厨房・ホールのリアルケース

厨房で起きやすいケース

  • 「俺の若い頃はもっと厳しかった」という指導の名を借りた人格攻撃
  • 仕込み量を特定の若手だけに偏って割り当てる過大な要求
  • 道具を投げる、鍋を叩きつける、蹴るといった身体的威圧
  • 火気・刃物を扱う現場特有の緊張感に乗じた継続的な暴言

ホールで起きやすいケース

  • 客前での見せしめ叱責(他スタッフ・お客様の面前で大声を出す)
  • 売上が悪い日のスタッフへの罰金や連帯責任の押し付け
  • 休暇の不承認、勤務終了後の飲み会への強制参加
  • 特定スタッフだけシフトの希望を無視され続ける

飲食店のパワハラは、ピークタイムの慌ただしさやチーム作業の濃密さゆえに、業務指導の延長線上で起きやすいという特徴があります。だからこそ、平時のうちに「どこから先がアウトか」を明文化しておくことが重要です。

業務指導とパワハラを分ける境界線 ― 適正指導の5要素

原則はシンプルです。「目的」が正しくても、「方法(手段・態様)」が逸脱していればパワハラになり得ます。「育てるため」「店のため」という大義名分は、暴言や長時間叱責を正当化しません。

適正な業務指示を成り立たせる5つの要素

  1. 具体的である:「何が」「どう」問題かを明示する
  2. 期限の明確化:「いつまでに」改善するかを共有する
  3. 理由・根拠を伝える:なぜ必要かを説明し、納得感を醸成する
  4. 個別・記録性:個室や1on1で伝え、指導内容を記録に残す
  5. 改善行動を促す:次の行動を相手と確認し、フォローまで設計する

NGセリフ/OKセリフ比較表

シチュエーションNGセリフ(パワハラリスク)OKセリフ(適正指導)
盛り付けミスを発見したとき「何度同じこと言わせるんだ、アホか」「このソースの位置、レシピだと◯◯側だね。次のオーダーから直してくれる?」
オーダー取り違えがあったとき「使えねえな、給料泥棒」「復唱の手順を一度一緒に確認しよう。どこで聞き違えが起きたか整理したい」
仕込みが遅れているとき「帰れ、お前なんかいらない」「今日のペースだと18時に間に合わない。優先順位を一緒に整理しよう」

左右を読み比べると、伝えたい中身は同じでも、伝え方ひとつで「指導」にも「ハラスメント」にもなることが分かります。NG側はすべて「人格」に矢印が向いており、OK側はすべて「行動・事実」に矢印が向いています。

飲食店経営者が今すぐ確認すべき、義務化された10の防止措置

労働施策総合推進法および厚労省指針が事業主に求める防止措置は、次の10項目です。中小の飲食店も例外ではありません。自店で何が整い、何が未整備かを点検してみてください。

#防止措置飲食店での実装ポイント
1方針の明確化・周知就業規則・スタッフハンドブックにパワハラ禁止を明記
2行為者への対処方針規定・周知懲戒規定の整備、店長会議で周知
3相談窓口の設置・周知社内+外部(社労士等)の複数経路を用意
4窓口担当者の適切対応傾聴訓練、対応マニュアル整備
5事実関係の迅速・正確な確認早期着手、ヒアリングと記録の徹底
6被害者への配慮措置配置転換・シフト調整・メンタルケア
7行為者への措置事実に基づく指導・懲戒処分
8再発防止に向けた措置認定有無に関わらず、原因分析と環境改善
9プライバシー保護相談者・行為者・第三者の情報を厳格に保護
10不利益取扱いの禁止相談したことを理由とする解雇・降格の禁止

特に見落とされがちなのが8番「再発防止」です。「パワハラとは認定されなかった案件」でも、相談が上がった以上は原因分析と職場環境改善が必須です。「シロだったから何もしない」は、次のトラブルを呼びます。

判例が示すリスク ― 「殺すぞ」発言で30万円の慰謝料、自死で労災認定

パワハラは「気まずさ」のレベルで収まらず、民事損害賠償や労災認定に直結する経営リスクです。実際の判例を2件、確認しておきましょう。

【日研化学事件】(東京地裁 平成19年10月15日 判決)

上司から「存在が目障り」「給料泥棒」「何でみんなの足を引っ張るんだ」といった暴言を継続的に受けた社員が、精神疾患を発症し自死。業務に起因するものとして労災認定された事案。

【アークレイファクトリー事件】(大阪高裁 平成25年10月9日 判決)

叱責の際に「殺すぞ」と発言したり、車に危害を加える示唆を繰り返したケース。裁判所は被告会社の使用者責任を認め、慰謝料30万円の支払いを命じた。

POINT 「継続性」「反復性」「人格への攻撃性」が認められると、企業の安全配慮義務違反として民事損害賠償を負うリスクがあります。たとえ加害者が個人でも、責任は店舗・法人に及びます。

「研修をやっても変わらない」を乗り越える ― 義務ではなく”投資・保険”という発想転換

多くの飲食事業者から聞こえてくるのが、「研修をやっても現場が変わらない」という嘆きです。その背景には、現場の本音があります。

「昔は怒鳴られて育ったのに、今の子だけ守られるのは正直納得いかない」

「研修受けても、忙しい盛り場の時間帯にそんな丁寧な指導なんてできない」

「義務だから」「人が辞めたら困る」という正論は、この本音に火をつけてかえって反発を生みます。結果、研修は形だけのものになり、現場のオペレーションは変わりません。

突破口は、パワハラ防止を「義務」ではなく、現場が得する「投資・保険」として再定義することです。

従来の捉え方(義務)発想転換後(投資・保険)
パワハラ研修=面倒な座学パワハラ防止=離職コスト(1名あたり数十万〜百万円)を回避する保険
指導しづらくなる束縛教育コスト削減=ベテランが自分の技術向上に時間を割ける
コンプライアンス対応ES向上 → サービス品質向上 → 売上増の好循環

「指導しちゃダメ」ではなく「指導の精度を上げると、ベテラン自身が得をする」というメッセージに切り替えると、現場の受け止めが変わります。

パワハラが起きてしまったときの事後対応6ステップ

万一相談が上がった場合の対応は、初動を誤ると二次被害や紛争の長期化を招きます。次の6ステップで動きましょう。

ステップ1:相談の受付

一次対応、相談者の希望確認、共通の記録様式での記録。誰が受けても同じ品質で対応できる仕組みに。

ステップ2:初動

二次被害の防止、当事者の接触回避、プライバシー保護。シフトを分けるなどの応急措置を速やかに。

ステップ3:事実確認

調査委員会の設置、当事者・第三者への聴取、LINEやメール等の客観的証拠の収集。

ステップ4:判断・措置

パワハラ有無の認定、被害者への配慮(配置転換等)、行為者への指導・懲戒処分。

ステップ5:再発防止※認定されなかった場合でも必須

原因・背景の分析、人員・業務量の見直し、再発防止研修の実施。

ステップ6:検証

経過観察、フォロー面談、記録の保管、改善状況のモニタリング。

人が辞めない店をつくるために ― パワハラ防止と人材戦略は両輪

パワハラ防止は守りの施策、即戦力人材の確保は攻めの施策。この両輪が回って初めて、「人が辞めない店」が成立します。

離職率25.1%の現場では、一人が辞めるとシフトの穴埋めで他スタッフの負担が増え、その負担がさらなる離職を呼ぶという悪循環が起きやすい構造があります。

パワハラ防止で「辞めにくい職場」を整えるだけでなく、いざ穴が空いたときにすぐ埋められる人材調達の仕組みを持っておくことが、現場の心理的安全性そのものを支えます。

「明日から店を回すために、まず一人欲しい」という現実は、どんなに完璧なマニュアルがあっても消えません。だからこそ、人材戦略は防止策と並行して整える必要があります。

「人が辞めない店づくり」を、人材確保の面からも。

パワハラ防止と並行して、現場をすぐに回せる即戦力人材の確保は急務です。CHEFLINKは、4万人以上の食の専門人材と飲食事業者をつなぐB2Bマッチングプラットフォーム。スポット・短期・長期、さまざまな雇用形態で、人手不足の現場をサポートします。

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出典・参考

  • 厚生労働省『令和6年 雇用動向調査』
  • 労働施策総合推進法(パワハラ防止法)
  • 厚生労働省『職場におけるハラスメント関係指針』
  • 日研化学事件(東京地裁 平成19年10月15日 判決)
  • アークレイファクトリー事件(大阪高裁 平成25年10月9日 判決)

執筆

下村 静穂 氏

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ア・ルース消生労事務所 特定社会保険労務士 上場企業での実務経験に加え、労働局での指導員業務、経済産業局での専門調査など、公的機関における豊富なキャリアを持つ労働法務のスペシャリスト。 消費生活相談員として長年培った「傾聴力」と、ホテル受付、講師業などで磨き上げた「伝達力」を武器に、難解な法律やハラスメント問題を「明日から使えるマネジメント手法」へと落とし込む。現在は名古屋市消費生活審議会委員も務め、多角的な視点から組織の健全な発展に寄与。単なるコンプライアンス遵守に留まらない、生産性を高めるための職場環境改善を提唱している。

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